高級デリヘルの歴史は長いのか?

今でこそ当たり前になってきましたがインターネットの歴史は短くまだ20年ほどなのです。
以外にもまだ浅い歴史ですが、海外ではもう少し早く完成されていました。

私たちが実際に使い始めてからまだ20年くらいなんです。
おそらくその時は今ほどサイトの件数も少ないですし、情報としても少なかったことでしょう。
その時すでにデリヘル店のサイトや風俗関係のサイトがあったかもしれませんね。エロサイトや出会い系とか。

さてさて話が脱線しましたがインターネットが当たり前になった今、老若男女が知りたい情報がすぐに手に入るようになったのです。
非常に便利な世の中になりました。重たい本を持ちるく、本を開く必要もありませんからね。

そして、インターネットの普及に伴い風俗系サイトも多く設立され今では風俗店にとってインターネットは無くてはならい存在になっています。

さでは、「高級デリヘル」はいつ頃から知れ渡るようになり、サイトで検索されるようになったのか。
高級デリヘルはご存じのとおり造語で、元々あった言葉ではありません。
高級デリヘルが世に知れ渡らせた先駆者がいました。六本木エリアの「マダム麗奈」です。
2002年に「高級デリヘル」を発足させ、今でも運営されている老舗店です。

2002年開店なので、開業14年です。
しかも「高級デリヘル」のパイオニアなんて、もう高級デリヘル界のレジェンドですね。風俗業界では偉大な店舗ではないのでしょうか。

高級デリヘルは日本だけなのか?と思いますが、実はそうでもないのです。

かつてフランスで高級娼館を営んでいた「マダム・クロード」という方が起源だと言われています。
彼女は昨年12月に亡くなってしまいましたが、戦後間もない頃彼女はコールガールで働いていました。
そして働いてる最中、彼女はある事に気が付きました

「人がいつも金を支払う準備をしているものは2つある。食べ物とセックスだ。だけど私は料理が苦手だった」
これは彼女の自叙伝で公開されている有名な言葉だが、クロード氏はこの性に着目し世界の著名人を対象とした秘密の淫売窟を開業した。
価格は当時の金で少なくとも1,000ドル(約11万円)もしたそうです。
著名人を対象としているのでこれだけの額になってるのでしょうが、当時の価値からすると相当高額だったことが伺えます。

この高級娼館で働く女性は美人ぞろいだったと言われています。ですが美人なだけでは務まらなかったようですね。
ベットサービスはもちろん、言葉遣いや教養、接待の席や食事等一般以上の素養が必要だったようです。
現代で言う、大企業に就職する位働く事は難しかったようですね。
一般的な娼婦よりも質は上がりますし、なにより気品があるので公の場に一緒にいたとしてもいい意味で目立つことが出来ます。
お金持ちは娼婦を従えて闊歩することがステータスを表していたのかもしれませんね。
そう考えると戦後からこの「高級風俗」というものが存在していたと考えられます。

さて、話を戻しますが日本でこの「高級デリヘル」のジャンルはいつごろから確立したのかというと、約10年前の2006年頃であることがわかりました。

長いですよね。インターネットが普及して10年後には既に「高級デリヘル」は存在していたのですから。

10年、非常に長いです。

高級デリヘルはこんなにも長い、歴史があるんですねー。
勉強になりました。